リーディングとライティングの重要性 その4
リーディングとライティングの重要性について、過去3回に渡って書いてきましたが、今回はその最終回です。日本の学校ではリーディングの技術についての授業はないこと、そしてそれを知り、活用することがライティンであり、その技術はそっくりそのままライティングにも有効である都いう話で前回は終わりました。そしてその際、ライティングにもう1つポイントがあることも述べました。
そのポイントとは、「読み手を想定」することです。ライティングの授業をしていると、生徒は皆、一生懸命に自分の意見を書いたり、利点と欠点を比較したり、と課題に沿ってパラグラフやエッセイ(ここでいうエッセイとは英語の長い作文です。)を書いてくれます。一生懸命なのは良いのですが、時折見かけるのが書くことがゴールになってしまっているケースです。ライティングとは「書くこと」で、それが何が問題なのか、と思われる方がいれば、その方も一生懸命に文章を書く生徒と同じ考えをお持ちということです。日記や個人的なメモを除けば、自分が書いたものは自分以外の誰かに向けて書かれたものです。英語、日本語問わずSNSのメッセージ、Eメールなど、「書く」行為の目的は自分の意見や考えを誰かに伝えるためです。言い換えれば、いくら一生懸命書いてもその内容が読み手に伝わらなければ、その文章を書いた目的は果たせていない、ということになります。
何かを書く前に読み手を想定することの重要性はここにあります。なぜなら、読み手が誰かによって、使用する語彙のレベルや共有する情報のレベルが変わってくるからです。例えば、マレーシアに住んでいる日本人なら「ナシレマは…」という文を読んでも違和感がないでしょうが、日本にいる日本人なら「米をココナツミルクで炊いたマレーシア料理のナシレマは…」となっている方が理解しやすいでしょう。これが逆なら、マレーシアの日本人は冗長に感じるでしょうし、日本の日本人は情報不足に困ってしまうかもしれません。
これが授業での課題やテストとなれば、採点者あるいは評価者となる教師に読みやすく書く、となるわけですが、その点を意識せずに自分の書きたいことだけを連ねていけば、その内容が伝わりにくくなることもあり、その結果は生徒自身の学力が正しく反映されない成績になったり、自分が思うようなテストの点数にならない、という形で現れてしまうわけです。
今回は連載の最後ですので、その内容をもう一度まとめると、1)インターナショナルスクール進学などの目的で英語を学ぶ場合には、リーディングとライティングをスピーキングとリスニングよりも重視するべき、2)国語の授業でもリーディングとライティングについては学ぶ機会がないので、まずはそれを学ぶ必要がある、3)幸いなことに英語はリーディング、ライティングともに技術論が確立しているので、その技術を身につけることが重要、という話をしてきました。
こういったことを意識しながら、インターナショナルスクールへの進学準備、さらには入学後の英語学習を行なっていけば、インターナショナルスクールへ進学する利点を享受できるでしょう。